ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘
引用サイト: http://sunact.jugem.cc/
そして、妻と5人の子供達との家族と共に、私を応援されている様々な方へのメッセージを伝えたく、
(将来、寿司屋かステーキ屋の大将となる夢を持つ長男、家族全員の焼肉も自ら担当!)
そして、サンダーバードに乗って金沢へ。前日の天気予報では70%近い降水確率でしたが、車窓からは雨は見えず、金沢に昼前に到着しました。
まずは、宿泊地である「ルネスかなざわ」に荷物を置くことに。チェックイン前でもすべての施設を利用できることとなり、昼食・プール・チェックイン・夕食・風呂・ゲームコーナーという簡単な流れを妻と共に構築。
そして、200m程離れたラーメン屋にて昼食。昼食の間に突然の豪雨が。
結局、妻の予言通り、昼食後には歩いても大丈夫なほど小雨になり、「ルネスかなざわ」に戻り、まずはプールへ。
(この施設の中に数種類のプールがあり、屋外プールとも繋がっています。)
子供たちは楽しくいつもの如く、プールを満喫。私は、楽しく遊ぶ子供たちを見ながら、波の出るプールに身を任せながら、いろいろと考えていました。仕事のことではなく、ここまで大きくなった子供たちと、常に私や子供たちを支えてくれている妻との今までの人生を少し振り返っていました。
2007年9月7日・8日の金曜・土曜と家族旅行は無事終了。翌日の9日は日曜ということで完全に休養。
10日の月曜は、2日間の旅行中に溜まった仕事、及び11日の来客に向け、業務を消化するだけで精一杯の一日。
翌11日の火曜は、「9.11」ということで、このような日に楽しい家族旅行記をエントリするには少し気分的に良いとは思えなかった。
同時に、青森からのお客様と昼食を共に、その後、一度、帰社し仕事を終えた後、私の地元の「第三事務所」会合19時開始、終了が夜中の12時。その後、メールチェックなどを行い、1時に就寝。
残念ながら、家族旅行記を書く時間もタイミングも皆無という状態が続いていた。
そして、今日12日の水曜に、昼食後、何気なくネットを見ると、我が国の総理大臣が突然の辞任表明という文字がモニターに。
「女性は子供を産む機械」・「しょうがない」といった失言は辞任に値するものだろう。ただ、「事務所費」・「政治資金」といった問題が、明確にあるいは適法に処理されているいないに関係なく、我々、庶民の日々の生活に大きな影響を及ぼすだろうか?
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ITmediaニュース:ひろゆき氏が語る「電車男」「のまネコ」そして今、注目のネタ (1/3)
引用サイト: http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0512/16/news033.html
ひろゆき氏が語る「電車男」「のまネコ」そして今、注目のネタ (1/3)
今年も、2ちゃんねるは多くの話題をふりまいた。電車男のブーム、のまネコをめぐる騒動。「VIP STAR」など最新の話題も含め、管理人の西村博之氏に聞いた。
2ちゃんねるから発信された情報は、良きにつけ悪しきにつけ頻繁にニュースとなり、マスコミをにぎわした。本質的にカオスであるとされるインターネットを、象徴するような存在。そんなサイトの管理人である西村博之(ひろゆき)氏に、今年起こった出来事を振り返ってもらった。
──2005年を振り返るにあたり、やはり避けては通れないのが「電車男」のブームでしょう。2ちゃんねる発のこの純愛物語は、書籍化され、映画化され(6月10日の記事参照)、ついにはテレビドラマ化され、いずれも商業的に一定のヒットを収めました。
ひろゆき 映画は、なんとかなるだろうと思っていたんですよね。小説を、2時間の映画にしただけだから。しかしテレビは、12話に無理やり広げて、それでいて視聴者にそれなりに受け入れられるものにした。テレビ局は、すごいなと思いましたね。
──「僕が書いた話ではない」というコメントが出たので聞きますが、電車男はヤラセではないのか、という話題もありました。
例えばある大手新聞社は「電車男の書き込みをしたのは、ひろゆき氏本人ではないのか」という可能性を調査して記事化しました。ひろゆき氏が黒幕である可能性をにおわせつつ、真相は不明だと“余韻を残して”締めた記事です。記事ではひろゆきさん本人のコメントも掲載されていましたが……。
ひろゆき 僕にそこまで文才があると思っていただけるのはありがたいことで(笑)。
その新聞の記事も、多分、そういう筋書きで記事を書きたいんだということは分かっていたから、取材を受ける気はなかったんですが。たまたま時間があったので「新宿でスシをおごってくれるなら」という条件で取材を受けたんですけどね。
──(その口ぶりでは)ひろゆきさんは、電車男ではない、と。ただこの疑惑は一部で根強い人気があるようで。取材先で、電車男の話になったときに「あれって、実はひろゆきさんに近い筋の人間がシナリオを書いていたんですってね?」と、声をひそめて言われたこともあります。
ひろゆき その「近い筋の人間」って、誰なのか知りたいですけど(笑)。そう思ってもらえる方が、面白いかな?
ブログSEO【風林火山】火の巻〜初心者セミナー完全パック
ねじを巻け、そして服を脱げ�� - livedoor Blog(ブログ)
引用サイト: http://blog.livedoor.jp/lan_evo129/
今募集しているもの→ネタになる画像 / 画像大喜利(メイド編) / 先生への質問 / 相互リンク
「ちょっと醤油切れてたから、スーパー行ってくるわ」、そんなノリで行ってきました高山。
この週末でおよそ800kmほどの道のりを、愛車を駆って行って参りましたので
この高山市、東海地方にお住まいの方以外にはあまり馴染みのない都市かもしれませんが
近年、いわゆる「平成の大合併」によって日本一広い市町村になったことで有名。
日本で成り上がりと言ったら栄ちゃんか高山か、ってくらいですからね、昨今。
まぁ、僕なんてのは小学6年のときに修学旅行で京都に行って以来の京都好きで
そんな僕でも今まで一度も「小京都」と銘打たれた場所には行ったことがなく
右は高山の中心部に昔ながらの街並を残す、通称「古い街並」、左は市内を流れる宮川。
薄切りにして水菜と豆腐と一緒に醤油ベースで煮込みたいくらいにかわいい。
高山ラーメン食べたり飛騨牛コロッケ食べたりみたらしだんご食べたりして過ごしました。
メガネケースだけがカバンの中に入っていたときには、思わず泣きそうになりましたけどね。
メガネを忘れたメガネっ子なんて、刀を忘れたサムライみたいなものですよ。
あるいはユタの心を忘れたケントとか、相撲をとらない横綱みたいなものですよ。
仕方なしにぼやけた視界でIQサプリを見ながら、高山の夜は更けていったのでした。
そんな中車を走らせて高山市から白川郷までの道のりをひた走ったわけですが
僕の通ったルートだと、途中峠を越える必要があり、その峠がかなりの山道。
道から見える景色とか、ちょっとしたもののけ姫みたいになってましたからね。
ちょっとした落石くらいなら持ち前のダンディズムで何とかなるんじゃないか、と錯覚したくらい。
それらを横目に、ちょうど僕が藤岡弘の物真似で若手隊員を助けるシーンを再現していた頃
そんなのが、周囲にトイレの「ト」の字もないような秘境の中でやってきたわけですよ。
お笑いコンビ「麒麟」の川島さんに続いて、ようやく物真似のレパートリー増えた!とか
この峠というのがかなりのもので、標高なんて1,000mを超えていたわけですが
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【特集】Windowsの20年 - その足跡のすべて、そしてVistaへ (1) 序章 Windowsの20年 | パソコン | マイコミジャーナル
引用サイト: http://journal.mycom.co.jp/special/2006/windows20years/index.html
我々が普段から意識せずに使っているWindows OSが、昨年2005年で栄えある20周年を迎えた。今回はそのWindowsが歩んできた20年の歴史を、以下のような構成にて順序だてて紹介して行く。なお、資料「Windowsの20年
- 歴史年表」をこちらに用意したので、本稿を読みすすめるにあたり参考にして頂ければ幸いだ。
それでは、準備はよろしいだろうか。まずはWindowsが誕生した"その時"の物語、そこからすべてをはじめたいと思う。奇しくも最初のWindows
OSであるバージョン1.0が公開されたのは、Microsoft本社の創設者Bill Gates(ビル・ゲイツ)氏が同社を設立してからちょうど20周年という年でもある。同社はそれまで開発言語(当時のPCでは事実上のオペレーティングシステムといえる)BASICの開発や販売を行い、その後IBMのパートナーとしてMS-DOSを開発してきた……。
【特集】Windowsの20年 - その足跡のすべて、そしてVistaへ
(4) 第2章 本格的な日本上陸を行ったWindows 3.0/3.1(1)
(5) 第2章 本格的な日本上陸を行ったWindows 3.0/3.1(2)
(6) 第2章 本格的な日本上陸を行ったWindows 3.0/3.1(3)
HP、無線LAN、DVDマルチを備えた6万円台の15.4型ワイド個人向けノート[15:49 9/19]日本HP
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Resignation and Postmortem: Japanese
引用サイト: http://www.bekkoame.ne.jp/~kmakoto/opencom/Jamie-san.html
にはかなり長いこと、えらくがっかりさせられてきた。ぼくたちがこの会社を始めたとき、世界を変えてやるつもりだった。そして、ぼくたちは変えてみせた。ぼくたちがやらなくても、その変化は多分、6
年だかたてば起こっただろう。だれがそれをどういうふうにやったかは知るよしもないけれど。でも、それを実際にやったのはぼくたちだった。買物袋に印刷された
URL、そして、スタジオロゴのすぐ後に映画上映の最後としてクレジットされる
が見られるようになったが、それはぼくたちの仕業だ。ぼくたちがそこまで世界を変えたのだ。ぼくたちはインターネットを普通の人たちの手の届くものにした。ぼくたちは、新しいコミュニケーションのメディアの先鞭を切ったのだ。ぼくたちは世界を変えた。
でも、それをやったのは 1994〜1995 年のことだった。1996 年から
年にやったことは、以前にやったことから生じた波に乗り、惰性で進んできただけだ。
なぜか? 会社がイノベーションを止めてしまったからだ。会社は大きくなり、そして大会社はどうしても創造性がなくなる。例外はもちろんある。しかし一般的に、すごいことをやるのは、動機づけが高く、目的を一つにした人たちの小集団だ。関わる人たちが増えれば増えるほど、その集団はグズでまぬけになる。
また、別の要因が生まれてくる。つまり、ぼくたちの業界では、人を二種類に分けることができる。一方は、会社を成功させたいために働きたい人。他方は、成功した会社で働きたい人だ。
の早期の成功と急速な成長により、ぼくたちには前者の人がこなくなり、後者の人ばかりが集まりだした。
1998 年 1 月、 Netscape は最悪の暗黒時代を迎えた。
第一次の解雇である。それは正に、目を覚ませという報せでもあった。Netscape
というコンピュータ業界の寵児、世界で最も急成長した会社も、不沈艦ではなかった。
もっと具体的にいえば、これは、俗にいう「ブラウザ戦争」でついにぼくたちが敗れたことを認識した時期だった。Microsoft
は、市場の破壊に成功した。もう誰もウェブブラウザを販売することによる収益を得ることができなくなってしまった。ぼくたちの最初の製品、ぼくたちの主力製品は、あっという間にどうでもいいものになりつつあった。
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